コロナ障害学生

Students With Disabilities In The Pandemic

2020 to 2021

#2

支援の葛藤

声を上げられなかった学生

「声を上げられる学生は救われるんですけど、声を上げられない学生は、結局遠隔だから、全く見守られずに留年しちゃったり、休学しちゃったりして。
……支援室ってつながりにくくて、たぶん敷居も高いのかなって思ったりするし。……声を上げた学生を優先的にって言うか、一つずつ対応していくことになるので。でも本人たちにとっては、大変さの重みって一緒じゃないですか」

 ある私立大学の支援担当者は、今日一番伝えたいと思っていたことと言って、話し始めた。
 大学では、5月の連休明けにオンライン授業が始まっていた。しかし、授業資料や課題が提示される学習システムに戸惑う学生は多く、どこをクリックすれば課題を確認でき、提出できるのか、学生らは学ぶこと以前の段階でつまずいていた。
 先の支援担当者は学生らの様子を聞いて、遠隔でも支援ができないかと考え、学生と同じ画面が見られるアクセス権限を教務課に与えてもらうことにした。そして画面を見ながら、電話越しに一つ一つの操作を学生と確認していった。初めてみる画面に戸惑いながらも、できることならなんでもやろうという気持ちだった。
 前期が終わり、ようやく学生たちの様子がわかってきた。入学して以来一度もオンラインシステムにアクセスしていなかった学生、いつの間にか休学や退学を選んでいた学生。相談にも来ず、支援も提供できていなかった学生たちが、やはり学ぶこと以前の段階でつまずき、大学のシステムから脱落しているように思えた。
 こうした学生らに障害があったかどうかはわからない。以前から支援室とつながりのあった学生はごくわずかで、ほとんどの学生は全くつながりがなかった。しかし後になって相談に来た学生から、実は発達障害があると伝えられることが何度かあった。また学生相談を担当する教職員からも、著しく困っていた学生の中に発達障害傾向のある学生が多くいたのではないかという話を聞いた。
 2020年9月に実施された日本学生支援機構によるアンケート調査を見ても、コロナ禍で実施した支援では、発達障害学生に対する支援の割合が全障害種別の中で最も高くなっている注釈1。また「最も特徴的または困難だった」事例としても、発達障害学生に関わるケースをあげる大学の数が際立つ。
 授業が始まる4月前後、大学では学内のポータルサイトを通じて、日々様々な情報が混在する形で発信され続けていた。情報を整理することや前もって予定を立てることが困難な発達障害のある学生らが、ここで大きくつまずいていたとしても不思議ではない。

なぜ支援は届かなかったのか

 特に発達障害傾向のある学生たちが新たな環境に適応できず、学べずにいたのではないか。そういう思いが冒頭の発言につながった。では、どうすれば必要な支援が届いたのか。
 前期セメスターの反省点は、情報提供が間に合わなかったこと。だからせめて後期は、SNSなども活用しながら支援室の存在や支援を活用しながら学ぶ方法を伝えていけたらと話す。けれどもそれだけでは十分でないとも感じる。情報が十分に⾏き届いたとしてもなお、自ら支援を求めることのできない学生がいるからだ。
 筆者自身の経験に照らしても、発達障害傾向のある学生たちは、自ら障害学生支援室を訪れるのではなく、親や教員に言われて来ることが度々あった。こうした学生の存在は、これまでにも指摘されてきたことだ。日本学生支援機構の調査では、発達・精神障害学生の把握と対応の困難さが多くの大学で継続した課題となっている。自閉症スペクトラムの名の通り、障害の状態の多様さや軽度から重度まで幅広いことが把握の困難さを生み出している。さらには本人の気付きがない、周囲に知られたくない、保護者の理解がない例なども多く報告され、支援が必要にもかかわらず本人の申告がないため把握ができず、場合によってはトラブルに発展することもあると述べられる注釈2
 大学からの合理的配慮を受けるためには、障害が「ある」ことが前提となる注釈3。そして、支援を受けたいという本人の「意思の表明」も必要とされる。しかしながら発達障害は、自他ともに障害を認識し、またそれを受け入れることも容易ではない。だから、たとえ支援が必要であったとしても、なかなか支援を受けるところには辿り着けない。

「もう無理かも」

 同じような状況は他の大学でもあった。もり麻友子まゆこさん(和歌山大学キャンパスライフサポートルーム・講師)は、前期セメスターから後期セメスターにかけて、特に大変な状況にあった発達障害傾向のある学生たちの様子を話した。
 これまで一度も相談に来たことのない学生が、オンライン授業になって突如うまくいかなくなり、森さんのいるサポートルームにつながった。他にも、提出しなければならない課題の優先順位をつけられず、一度遅れるともうその遅れを取り戻すことができなくて全てを投げ出した学生。数行の感想文を書くのに丸一日かかり、いくつもの課題を抱え日々の生活に大きな支障をきたしていた学生など、話は尽きなかった。それでも本人らは多くを語らず、「もう無理かも」、「やる気が起きない」と言うだけだった。
 ところが後期セメスターになって、前期はほとんどの授業を受けることができていなかった学生がオンラインで受講でき、課題も提出できるようになっていた。森さんが理由を尋ねても、理由らしい答えは返ってこない。ただきっかけと思われたのは、ある授業で課題の提出期限をなくすという配慮を受けたことだった。その配慮によって、ずっとできずにいたことができるようになり、少しやる気が出たのか他の授業も順調に進み出した。でも、なぜ全てがうまく回り出したのかは本人にも周りの支援者にもわからない。ただその後、支援室へ来る回数は増え、会話も以前より多くなった。
 もちろんうまくいった話ばかりではない。ある教員の声のトーンがオンライン動画では聞き取りづらく感じた。そう思ったら、授業がまるでわからなくなった。このことは事前に予想していなかったことで、あらかじめ担当教員に送付する合理的配慮の依頼文書には書きようもなく、その後教員が柔軟な対応をしても、学ぶ意欲が戻ることはなかった。
 言えることは、うまくいったケースもいかなかったケースもつかみどころがないということだ。学期始めにはいつも通り合理的配慮の申請を行っていたが、環境が変わったことで学生の困りごとや状態が変化し、事前の配慮依頼の内容が当てはまらなくなった。さらに学生がコロナ禍で直面していた新たな困りごとや問題は、その時々で学生の様子や状況を丁寧に見ながら対応していくしかなかった。

写真1
他府県から和歌山大に通勤していた森さんは、大学に来ることもままならなくなったと話す。

問題の所在を問い直す

 すでに書いた通り、合理的配慮を受けるためには本人からの「意思の表明」が前提となる。けれども本人はなにに困っているのか、なぜ困っているのかわからず、ただ「もう無理かも」と一人で思い詰めているとすれば、そこに支援は届かない。

 森さんに話を伺った3日後の11月9日、私は高知大学の佐藤さとう剛介こうすけさん(高知大学学生総合支援センター・室長、特任准教授)を訪ねた。佐藤さんとは初めて直接話をするが、これまで関連のシンポジウムや研修の場で、度々挙手をして、直球の質問を投げかける姿を一方的に見ていた。私は取材で感じた疑問をぶつけてみたいと思った。そこで、コロナ禍では特に発達障害傾向のある学生が大変だったと思うが、高知大学ではどうだったかと尋ねてみた。

「支援が大変だったことは特にないですね。でも一部、発達障害の学生はオンラインの学習で大変なんですよね」

 支援が大変ではなかったという答えに少し驚いた。発達障害傾向のある学生が大変な状況にあったことは把握されていたが、そこにすぐさま支援が必要という話にはならなかった。問題は、課題を確認したり提出するためのインターフェイスとなるシステムが学内で統一されていなかったこと。支援よりも先に解決すべきはそちらの方ではないかと言う。

写真2
佐藤さんは2年前に支援室長として高知大に赴任。訪ねた日、支援室はこれからの大改修を控え、きれいに整理されていた。

 確かに、取材前に確認していた高知大学のアンケート結果注釈4にも、実施されたオンライン授業の形態には10パターン程があり、使用されていたシステムは、KULAS、moodle、Teams、Zoomと少なくとも4種類があった。発達障害のある学生だけでなく、多くの学生が困惑していたことは容易に想像できた。
 だとしても、発達障害傾向のある学生が人一倍苦労していた可能性は否定できない。そこで私は、オンライン授業で出された課題をこなすのに他の学生の何倍もの時間がかかり、いくつもの課題が溜まって追いつかなくなった発達障害のある学生の話をした。私が聞きたかったことは、時間さえかければ周りの学生と同じ程度のことができたとしても、他の学生が30分でできるものを半日や丸1日かけてできたとして、それをできると言ってしまっていいのかということだった。
 佐藤さんは難しいなぁと言いながら、人それぞれに違うペースがあるのだから自分のペースでやればいいと答えた。むしろ問題なのは、多くの学生が当たり前に数多くの単位を取れてしまうことや、各学期で履修可能な最大単位数を取らないといけないと思い込んでいること、そして大学側も取らせないといけないと考えていることの方ではないかと言う。学生は単位を取得するために大学に来ているのではなく、本質的には学ぶために大学に来ているのだから。私はその言葉に、大きく頷いてしまった。

選択をすることもしないことも

 実は森さんや佐藤さんと会う前の11月3日、番園ばんぞの寛也ひろやさん(中央大学ダイバーシティセンター・コーディネーター)にも話を聞いていた。番園さんは2020年4月に前職場から中央大学に着任したばかりだったが、緊急事態宣言が発出されたことで、初勤務からわずか1週間足らずでリモートワークになっていた。そのため、落ち着いて話をするにはもう少し時間が必要とのことだったが、前職の経験やこれまでの重度障害者への生活介助の経験が共通する私たちは、支援について話し合い、番園さんはそこで「選択をすること自体が権利なんだ」と言った。

写真3
番園さんには、第三波が始まる少し前に取材ができた。この2週間後、東京の感染者数は過去最多を記録した。

 支援は「する/しない」の二者択一ではない。ときに支援は必要ないということから始まることだってあるし、その時々の状態や気分で変わることもある。
 私たちも普段、明日着る服を下着から靴下まであらかじめ決めていることなんてほとんどない。日常生活のほとんどがそうであるように、自分がどうしたいかなんて、常に明確にあらかじめ決められているわけではない。
 だから支援においても、本人がどうしたいかを問うばかりでなく、どうしていきたいのかを一緒に探っていくことが大切で、そのための時間とプロセスが合理的配慮の決定プロセスに含まれていくことが必要なのではないか。

支援の外側

 ここまで書いてきて、コロナ禍の状況を書いているつもりが、いつの間にかそもそもの支援や発達障害というものについて書いていることに気が付いた。
 コロナ禍では、困りごとの中身や困っている個人は変わることがあっても、発達障害のある人が相対的に障害のない学生より困る状況にあることには変わりがなかったように思う。むしろ、短期間での環境の変化は、よりいっそうたくさんの困ってしまう状況をつくり出していた。
 けれども、発達障害自体が私には未だによくわからず、その支援なんてもっとよくわかっていない。突き詰めれば大学だけでなく、広く社会をも射程に入れ考えなければならず、到底手に負えそうもない。だからここで、どうすれば良いといった結論を出すことはできない。

 でも最後に一つだけ書いておきたいことがある。これは佐藤さんも番園さんも言っていたことで、私自身もこれまで支援者の端くれだった人間として思い当たるところがあり、書いておこうと思ったことだ。
 支援者が全ての困っている学生を救おうなんて思ってはいけない。学生時代には多くの人や場所との出会いがあって、その中には生涯にわたって付き合っていくことになる出会いもたくさんあるはずだ。だから、支援者と学生との関係なんて一つの点に過ぎない。
 番園さんは、支援者である自分と関わっていない時間を信じる感覚が大切だと言っていた。それは周りの友人や仲間、コミュニティの重要性を言っているのだと思った。佐藤さんも、機会を与えること以上の支援をしようとすれば、本人の権利を侵害することにすらなり得ると言った。つまり、支援者の存在が大きくなればなるほど、支援者以外の人やコミュニティとの出会いの可能性を潰してしまうことになりかねないということだ。
 先に引用した発達・精神障害学生の把握と対応の困難さは、あくまでも支援者や大学の側から見た困難さであった。本人が、周りの友人やコミュニティの中でそれなりになんとか過ごせているのであれば、たとえトラブルに発展する可能性があろうとも、障害について、本人の気付きがないことや周囲に知られたくないことを、周りが無理やり気付かせたり知らせたりすることは許されないのではないか。
 それでもやっぱり……と、一筋縄ではいかなかったいろいろなケースを思い出しては思考のループが止まらなくなるが、いったんここで筆をおき、この章は終わりにしたい。

注釈1

日本学生支援機構『新型コロナウイルス感染症予防対策に係る大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生への取組事例について(概要)』(2021.1)

2020年9月1日から9月30日にかけて全国の大学等1,180校に対して実施されたオンラインアンケート調査(回答数485校)。調査結果には、オンライン授業を中心に障害のある学生や障害学生支援がどのような影響を受けたのかが回答結果の数値、記述ともに記されている。
当調査結果に関して、大学等における障害学生の在籍割合からすれば学内ポータルサイトの利用においては視覚障害学生が困っていた可能性が最も高く(視覚障害学生の全障害種別に占める割合は2.4%であるのに対し、学内ポータルサイトの利用に際して支援を実施した割合は全障害種別の内14.4%を占める)、オンライン授業での支援事例においては、聴覚・言語障害学生の支援事例が最も多かった。しかしいずれにしても、全体的には発達障害学生への支援事例が最も多いことが読み取れる。

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注釈2

日本学生支援機構『大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査分析報告』(2019.3)

日本学生支援機構が2005年度から2013年度までに実施した「大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」の結果について、経年推移、学校種や規模による相違等を分析している。本文では特に、湯浅哲也・須藤吏絵「第5章 自由記述回答から見る障害学生支援の現状と課題 ―修学支援と就職支援のあり方の検討―」を参照。

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