コロナ障害学生

Students With Disabilities In The Pandemic

2020 to 2021

#1

何が起きていたのか

取材の前

 2020年1月5日、中国湖北省武漢市で「原因不明の肺炎」が確認されたというニュースが、WHOにより配信された。私はそのニュースを全く覚えておらず、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)を身近なこととして感じるのは、約1ヶ月後の2月8日だった。
 その日は、京都で行われた「国際障害者年連続シンポジウム」に知人とともに参加していた。会場はほぼ満席で、たくさん来られていた車いすの人たちは空いている場所を見つけることができず、仕方なく最後列のさらに後ろの通路にずらりと並ぶ状態だった。私の知人も車いすを使っており、介助者とともに通路に並んでいた。ずいぶんと席が離れ、振り返ってその姿を見つけようとしても見つけられなかった。
 後日、その知人からあの場が恐ろしかったと伝えられた。行く前から行くかどうか迷っているとは聞いていたが、そこまでとは思っていなかった。そしてそれを聞いてもなお、その恐怖心を私が理解したとは言い難い。
 そこから徐々に国内の状況も深刻さを増していく。2月中旬にクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号での下船が始まり、2月末には全国の小中高へ休校要請が公表される。3月末には芸能人の志村けんさんが亡くなり、元気そうに見えていた人が突然コロナによって亡くなったというニュースは、人々にコロナの恐ろしさを強く印象付けた。
 そして4月7日、東京をはじめとする7都府県に緊急事態宣言が行われ、9日後には対象が全国に拡げられた。ほとんどの大学では入学式が中止され、新学期のオリエンテーションも行われず、授業が始まるかどうかはギリギリになるまで分からなかった。
 昨年度末まで京都大学の障害学生支援ルームで働いていた私は、障害のある学生らの顔を思い浮かべながら、彼や彼女たちがどんな風に過ごしているのか気になっていた。当面の休講措置が終われば、多くの大学ではオンライン授業が始められると言う。これまでにない授業形態に大学関係者は混乱しているだろうから、そこで障害のある学生が学べるような配慮がなされるのか心配だった。
 5月15日にAHEAD JAPANアヘッド ジャパン注釈1が「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と高等教育機関における障害学生支援に関する声明文」注釈2を発表し、障害によって学びの機会が制限されないよう、全国の高等教育機関へ訴えかけた。大学では怒涛の前期セメスターが送られていたに違いないが、私自身は夏になってようやくその様子を知ることになる。7月31日にAHEAD JAPAN事務局の手伝いで「コロナウイルスと障害学生支援」注釈3というタイトルのZoom収録に立ち会うことになった。そこで、大学の支援者らが、コロナによって障害や支援というものを改めて考え直していると語るのを聞いた。何か根本から考え直すようなことが起きているのだと思った。

コロナ禍での支援

 2020年10月から11月にかけて、私は本記事を書くために、障害のある学生とその支援者ら計20人に取材をする機会を得た。
 10月22日、後期セメスターが始まって三週目に入った京都大学に、かつての同僚たちを訪ねて行った。半年前まで同じコーディネーターをしていたとは言え、コロナ禍でどんなことが起きていたのかいまいち想像できず、私の質問はずいぶんとぼんやりしていたと思う。それでも1人目の取材となった宮谷みやたに祐史まさしさん(京都大学障害学生支援ルーム・コーディネーター)の話は、取材の間ほとんど途切れることがなかった。

「ちょうど今対面に切り替わるか切り替わらないかみたいなことを各授業でやってて、学生自身も混乱してるし、僕もサポーターさんの配置とかで考えることがあるので」

 ほぼ全てがオンライン授業となった前期と異なり、後期は「ハイブリット型」と呼ばれる、オンライン授業と対面授業が並行して行われる形態に移行し始めていた。ある授業は対面となり、ある授業はオンラインのまま。そのため、例えば1時間目は対面授業で大学に来ていても、2時間目はオンラインで受講するため、いったん自宅に戻るか、ネット接続できる場所を探して受講しなければならないと言う。
 宮谷さんは全盲の学生の支援を担当しており、対面授業であればガイドヘルプなどの支援を行うサポーターを教室まで派遣し、オンライン授業であれば必要に応じて場所を確保し、サポーターを同席させ受講できるようにしていた。
 それにしても対面授業が再開されたことで、全盲の学生が自宅と大学を白杖片手に往復しないといけなくなったとすれば、それはあまりに大変だろうと思った。そしてそもそも、あることが気になった。感染拡大防止が言われ続けていた中、支援はずっと行われていたのだろうか。
 宮谷さんは、4月当初から一度も中断せず支援を続けてきたと言った。でも実は、今も迷い続けていることがあると言う。

「人的サポートが必要なんだけども、学生サポーターの気持ちも考えるし、大学としてやるべきこととできないこと、それと彼らのディスアビリティ(障害)、できないことっていうのが、なんかどうも折り合いつかない中、人的支援をずっと続けてきてるっていう状況なので、なんかそこは僕自身、これでいいのかなと思いながら……」

 「大学としてやるべきこと、できないこと」とは、障害者差別解消法注釈4が大学に義務付ける「合理的配慮」の提供範囲のことを言っている。大学は、障害のある学生が他の学生同様に教育を受ける機会が得られるよう、社会的障壁を除去するための「必要かつ適当な変更及び調整」を、「均衡を失した又は過度の負担を課さない」限りで提供する義務を負うとされる注釈5
 合理的配慮が大学にとって「過度の負担」とならない範囲で提供されるものだとすれば、コロナ禍においてはどこまでの支援が提供されるべきなのか。例えば、直接人が接するガイドヘルプなどの支援は、人との接触がリスクになると言われている中でも続けていくべきなのか。それが分からなくなったと言っているのだと思った。

写真1
清々しく晴れた空を背景に。京都大学吉田キャンパスの時計台。

手探りで続けた

 支援ルームのスタッフも週の半分がリモートワークとなる中、直接の支援を担っていたのは学生サポーターと呼ばれるアルバイトの学生たちだった。二人だけの対面支援の場で感染する可能性は高いとは言えず、京都大学の活動制限レベルも1〜5の「レベル3」の段階で、状況的には支援を続けることができた。それでも、有効な感染防止対策が明らかではない中、手洗いや消毒、マスクの着用を徹底することで感染を予防するしかなかったのは心許なかったはずだ。
 しかし、授業が行われる限りは支援を必要とする学生がいる。宮谷さんはいつも通り授業の担当教員に、障害学生への配慮をお願いする連絡をしていた。でも、メールだけでのやり取りは予想以上に厳しかった。十数科目の担当教員を相手に、丁寧に伝えようとすればするほどメールのやり取りは増え、多いときには一日100件以上にのぼった。それでも細かいニュアンスが伝わらず、もどかしさを感じた。

「先生もたぶん分かってるつもり、全盲なのは分かる、四肢が全て動かないのは分かる。けど、そこに先生方のリアリティがないと言うか……だからどう勉強して、どんなことが画面の向こうで起こってるのかっていうリアリティがないし、僕たちも文面では言葉を尽くして、本当に具体的に投げるけども、学生も、本当に誠意のあるメールで伝え続けてるけども、「多忙なので」っていう非常に悲しいメールが何件かあって……。いやいやいや、そりゃそうなんだけど。そもそもそんな難しいこと言ってないし、みたいな……」

 オンライン授業で教員たちも困惑する中、一度も顔を合わせたことのない障害のある学生の状況をメールだけで理解してもらうのが難しいことは、もちろん宮谷さんにも分かっていた。だからこそ「リアリティがない」という言い方をしていたのだと思う。
 それでも学生が、うまく伝わっていないことを自分の伝え方のせいではないかと言ってきたときには、決してそうではないと答えつつ、宮谷さん自身が支援者としての限界を感じていた。
 いつもは授業に出席する学生本人が教員と直接やり取りをして、必要な配慮を話し合う。ところが今回、教員とのやり取りは、支援者である宮谷さんとだけのメールで終わってしまうことが度々あった。教員も真剣に対応しようとしているからこそだが、いつの間にかそこには本人不在の状況が生まれていた。

インフラとしての支援

 宮谷さんへの聞き取りのあと、宮谷さんが話していた全盲の学生、花房はなふさ朋樹ともきさん(京都大学・文学部)にも話を聞かせてもらった。
 彼も、教員とのコミュニケーションのうまくいかなさを話してくれた。困ったのは、必要な配慮を伝えても、それが伝わっているのかどうかがメールだけでは分からないことだった。
 メールに「承知しました」と書いてあっても、教員がどの程度理解しているのかが分からない。それでも承知したと言われれば、それ以上何も言えなくなる。ところがいざ授業を受けてみると、やはり必要な配慮が受けられないことがあった。
 花房さんは、授業で使用されるレジュメやパワーポイントなどの資料類を、パソコンのスクリーンリーダー(音声読み上げ)で読み上げ、理解する。教員から配布される全ての資料がスクリーンリーダーに対応しているわけではないため、事前に支援ルームで読み上げ可能なテキストデータに変換し、校正をしてもらう。そのため最低でも一週間前には資料を送ってもらうよう教員に依頼をしているが、事前に届かないことは度々だった。単に忘れられていることもあったが、事前送付の必要性があまり理解されていないからではないかと思うこともあった。
 さらに、オンライン授業の課題提示や提出は京都大学の学習支援システム「PandAパンダ注釈6を通して行われたが、その画面もスクリーンリーダーがうまく読み上げず、自分一人では課題の存在を知ることも提出することも難しかった。
 それでも前期セメスターをなんとか乗り切れたのは、支援ルームが4月当初からいつも通り支援をしてくれたからだと彼は言った。

「全面オンラインでも、対面サポートを支援ルームでは躊躇なく、必要なことなのでって割り切ってしっかりやってもらえたっていうのは、とてもありがたいことだったのかなって。サポートもなく、なるべく(サポートも)オンラインでいきましょうってなったら、オンラインで困ってるのにオンラインっていうのは……PandAが確認できないのがどうしようもなかったので」

 京都大学の支援ルームが4月当初から支援を続けてきたことについて、私のかつての上司でチーフコーディネーターの村田むらたじゅんさんに伺った。
 聞き取りの中で村田さんは何度も、「インフラ」という言葉を口にした。

「僕らのやってることは、インフラやなって思ったんです。必要以上のことはやっていないし、これまでもそれはしてない。
 ……支援がたまたま人との接触がいることであったとしても、それは仕方がない。それを別の方法に置き換えたりすることはプロとして考えないといけないんで、例えば情報保障支援を遠隔にしようとかはあるけど、でもそれはあくまでも方法かな。
 だからいったんその場で人的支援をしないと仕方ないってなったら、特に迷いなく、必要なことやからやるっていう。そうじゃないと勉強できないし権利を守れないから」

 この仕事をしていて初めて、「仕方がない」という考えが頭に浮かんだと言う。自分たちがどれほど支援のことを考え、ベストな方法を追求したとしても、授業が始まらなければ動きようがない。そして誰にも正解が分からない以上、今はやれることをやるしかないといった半ば開き直りのような感覚になり、気楽ですらあったとも話した。
 もちろん感染防止対策は徹底的にやっていた。もしもスタッフの中から感染者が出れば支援をストップしなければならなくなるため、隣接するどこの部署よりも早くスタッフを2チームに分け、交代勤務にした。夏になって周りが徐々に感染対策を緩和していってもなお、非常時の体制を解かなかった。やはりその根底には、支援が「インフラ」であるという意識が強くあったのだと思う。

障害者と支援者の間

 私はここから、「インフラとしての支援(=合理的配慮・必要な環境調整)」の意味を考え始めた。
 世界中の都市でロックダウン(都市封鎖)が敷かれた際、人々の命を守り、生活を維持するために、休むことのできない労働に従事する人たちがいた。その人たちは、エッセンシャルワーカー(Essential worker)と呼ばれていた。
 支援がインフラであるとは、同じく、大学が機能する上で不可欠なものということである。村田さんが言った「必要なことをやるだけ」「必要以上のことはやらない」というのは、まさにインフラとしての性格を表している。
 けれども宮谷さんが迷っていたのは、たとえ支援がインフラであるとしても、その支援を担うのは生身の人間であり、今回であれば学生だということだった。支援を続けることにためらいが生じるのは、私にもよく理解できた。

 別の日、京都大学に通う油田ゆだ優衣ゆいさん(京都大学・教育学部)にもZoom越しで話を聞かせてもらった。彼女は1日24時間の介助を受けながら一人で生活をしている。今回、コロナのために、介助者の派遣をしてもらえなくなるのではないかと不安を感じていたことを話してくれた。

「支援って当然継続するべきって通常時は考えられるんだけど、コロナになると私の思う通常が通用しない。普段だったら支援が途切れるなんてあり得ない。……普段思ってる『当然支援切らさないで』っていうのがコロナの中だと言っていいのか分からなくなるっていうのは思いましたね」

写真2
Zoom越しに話す油田さんの姿。初めての授業をZoomで受けると、画面だけでは、油田さんが車いすに座っていることに、先生も他の受講生も気付かないと話す。

 「通常」という前提が大きく揺らいだことで、油田さん自身も何を言うべきか迷っていた。でもそのすぐ後に続いたのは、「それでもまずは明日を生き延びないといけないって思ってました」という言葉だった。
 話を聞いたあと、私はその言葉の意味を考え始めた。油田さんが言った言葉の意味やその重みを、私はほんとうに理解できているのだろうか。
 障害者も支援者も、支援を続けていくことに何かしらのためらいを感じていた。でもそのためらいの正体は似て非なるもので、実は交わっていないのかもしれない。支援者として線を一本引いていった先に見えてくる答えと、障害者として線を引いていった先に見えてくる答えとの間には、大きな溝があるような気がし始めていた。
 知人が早い時期からコロナを恐れていたことを私は理解できていなかった。そして今でもずっと自宅から出られないでいる事実をどう考えればいいのかと思い続けている。

注釈1

AHEAD JAPAN

一般社団法人全国高等教育障害学生支援協議会のこと。2014年に設立された、高等教育機関における障害学生支援の充実、学術研究の発展に寄与することを目指す団体。2020年7月時点で106法人が会員校として加入している。

記事の該当箇所へ戻る

注釈2

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と高等教育機関における障害学生支援に関する声明文

5月の連休が明け、全国的にオンライン授業が行われ始めた5月15日、「高等教育機関関係者の皆さまへ」としてAHEAD JAPAN代表理事の石川准から声明文が発表された。声明では、障害によって学びの機会が制限されないよう各機関において配慮が提供されることを訴えられるとともに、障害学生支援が平等な教育機会保障を実現する上で不可欠な機能であることが改めて伝えられている。

記事の該当箇所へ戻る

注釈3

「コロナウイルスと障害学生支援」

2020年8月25日から10月31日にわたって、AHEAD JAPAN 2020年度全国⼤会代替企画としてオンラインで開催された「AHEAD JAPAN CONFERENCE 2020 ONLINE PROGRAM」の一プログラム。出演者は村田淳(京都大学)、池谷航介(岡山大学)、中津真美(東京大学)、藤原隆宏(関西大学)、森麻友子(和歌山大学)の5名。

記事の該当箇所へ戻る

注釈4

障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律

障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として2013年6月に制定され、2016年4月1日から施行された法律。2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」の締結に向け整備された。日本は2014年に同条約を批准した。

記事の該当箇所へ戻る

注釈6

PandA

2013年、京都大学に導入された学習支援システム(Learning Management System)。科目ごとの教材配信、課題提出、連絡ツールとして利用され、2020年5月以降のオンライン授業において中核的なシステムとして運用された。

記事の該当箇所へ戻る